Balloon'zone -B'z歌詞解釈-

B'zの曲の歌詞考察、解釈(のような物)をしております。 曲を聴いて感じるものは人それぞれ、その一つとしてとらえていただければ嬉しいです。

カテゴリ: FRIENDS

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Mini Album『FRIENDS』収録

何日お待たせしたでしょうか…。非常に申し訳ないです!

メロディに関してはシンプルにまとまったバラードだと思います。空でこの曲を歌おうとすると心燃やしたからBaby, you're my home〜♪になってしまうのは僕だけ…ですかね。

稲葉詞最難解アルバム『FRIENDS』、その結末に当たる曲というだけで震えますね。事実歌詞のある4曲の中でも一番、どうとでもとれる歌詞になっています。ランダム形式をとっているため仕方ない部分ですが、後半二曲から考察するはめになったのはやりづらいですね。

『FRIENDS』の概要をおさらいすると、

「回想」『いつかのメリークリスマス』
「再会」『僕の罪』
「葛藤」『恋じゃなくなる日』
「解決」『どうしても君を失いたくない』

というテーマで物語が描かれています。あ、この曲では物語が解決したんだな!と思って曲を聞くと、首を傾げることとなりますね。およそ物語の二人の関係に決着がついたとは言いがたいのです。『恋じゃなくなる日』を経て季節は一周し(『SEASONS』)、現在に至るわけですが、男女の関係はどうなったのか、考えていこうと思います。

まず、多忙な生活を送るが描かれます。しかしがどうなのかは語られません。もう近くにはいないのかもしれません。そして彼の夢に出てきたのは少しだけ懐かしい僕が走る姿です。ここは『いつかのメリークリスマス』で椅子を買いに走った場面でしょう。この時の彼は何もかもがきらめいて、互いに愛し合う幸福感を全身で味わっていました。今や過去となった『いつかのメリークリスマス』を想起し、彼は今何を感じているのでしょうか。

理想の恋、恋という形についてずっと悩んでいた彼が出した答えは、どうしても君を失いたくないということでした。恋人という形でなくても、一緒にいたいという純な思いが最終的に濾過されているのです。その理由は戻ることのない流れの中で 心燃やした人だからと述べられています。二人の関係についてどうあるべきか苦悩し、同じ瞬間を過ごす(=同じ涙を流しあう)日々の中で、彼女は唯一無二のかけがえのない存在になっていったのです。自分自身の一種の覚悟にはっきりと気づいて決着をつけられたのがひとつの「解決」であると言えるでしょう。『恋じゃなくなる日』でのは不安定な気持ちでしたが、今は気持ちが固まっています。曖昧な過去と決別した今こそいっしょに海に行きたいという彼の気持ちは痛いほど伝わりますし、もうその思いが届かなくなってしまった事実はいっそう心を痛めつけられます。

雪どけの件は少し難解です。冬感満載のこのアルバムですが実は雪が降ったのはこの場面が初で、前3曲と重なる、というわけでもありません。僕が考えたのは、雪がふたりの繋がりを暗示しているのではないかということです。そしてその雪がはかなく溶けてなくなるということは、僅かに残っていた繋がりさえ消えつつあることを表しているとできるでしょう。思いは強まるのに距離は離れていく、その危機感がいっそう彼に『どうしても君を…』と思わせるのです。

交差点の二人の件もすごく難しいです。仮説としては『恋じゃなくなる日』で腕組みしたあの時の回想…ですかね?真夜中なら人気のないのも合点がいき、舗道交差点も食い違いはしません。となるとここで彼に見えたのは、まさに恋じゃなくなった瞬間、の幻影です。そこから彼は再度思案します。恋じゃなくなることは 人を裏切ることになるのか愛を貫くことの結果は ひとつだけなのか

ここがこの曲ひいてはアルバム全体のコンセプトになるでしょう。彼の最終的な答え、『どうしても君を失いたくない』という言葉は混じりけのない愛情からくるものであり、彼の感情は一般に見ても「恋」です。しかしこの曲の前のエピソードは『恋じゃなくなる日』。このことから『FRIENDS』というアルバムは、彼の純粋な気持ちを「恋」とする観念の破壊を目指している気がするのです。愛し合う男女は必ず「恋人」でなければいけないのでしょうか?

彼は「恋」ではない自分の愛を貫こうとします。しかし彼女は恋じゃなくなった日以降も「恋」することを望み、すれ違い、そして疲れます。彼女からすれば意味がわからないでしょう、好きなのに「恋人」にはなりたくないという考えは。彼もそれを自覚していながら、それでも自分の理想の関係を目指すのです。これは彼女の思いを裏切ることになるのでしょうか…?まだ二人は行き先を定めきれていません。最後までその部分は明言されず終わってしまうので、物語における二人の関係も決着はついていない、ということですね。

未だに追憶のかけらに包まれ心は決まっても停滞してしまった男と、街のひとごみの中に紛れてゆく女の対比で物語は終了です。新しい道を歩み始め、春へ踏み出そうとする女に対し、男は冬に閉じ込められたままと言えるかもしれません。

最後に、『FRIENDS』とは何かを考えたいと思います。『恋じゃなくなる日』でも言及したと思いますが、単に「友達」とするのでは腑に落ちません。彼が最終的に掲げた理想の関係とは「互いに唯一無二である存在」であり、これこそが『FRIENDS』ではないでしょうか。ふたりの関係を恋人同士とするということは、ふたりの関係に名前がついて、大切に守らなくてはいけなくなることを意味します。大切に守らなければと思うと、臆病になり傷つけないようにしようとし、互いに踏み込めない領域が現れます。男が今までに引っかかってきたのはこの部分なのかもしれません。

ではふたりの関係を既存の言葉で名付けることなく、強い繋がりだけを残せばどうでしょうか。きっと、「〜しなければならない」という強迫観念に近いものが取り払われ、最低限かつ最高の愛情を与えあえると思うのです。太くてしなやかなつながりは、相手を引きずることもなければちぎれることもありません。この関係に(若干矛盾してますが)あえて名前をつけるとしたら、そう、『FRIENDS』なのです。

こう見るとこの『FRIENDS』の考え方、既存の恋愛観を破壊しているように思えませんか。稲葉さんの深遠なる世界観には驚かされるばかりですが、唯一彼に近づくことができる言葉という媒体をこれからも大切にしていきたいですね。

ながーく書いてきたのでなにか書き忘れてることがある気がするのですが、気づいた時にはまた加筆修正しようと思います。

次回は『アクアブルー』です。リクエストありがとうございます!ここから更新ペースを上げていこうと思います!
閲覧ありがとうございました。次回もよろしくお願いします。

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Mini Album『FRIENDS』収録

名盤『FRIENDS』、その中でも人気の高いこの曲。明るさの中に哀愁を帯びた絶妙なメロディラインは今でも通用する完成度ですね。当時の稲葉さんの声質も感情移入するに十分すぎるものだと思います。

曲のレビューは程々に、歌詞考察に移ろうと思います。何にしても『FRIENDS』の曲はポンと1つの考えを提示して終われるものではないのですね。なぜなら全編通して描かれる命題、「恋とは何か?」という答えが1つに限られるわけがないからですよ。そしてこの命題に出来る限りアプローチしているのがこの曲なのです。

改めて『FRIENDS』という作品ですが、すべての曲が繋がっている一つの物語として成り立っています。各曲ごとにテーマがあるようで、
「回想」『いつかのメリークリスマス』
「再会」『僕の罪』
「葛藤」『恋じゃなくなる日』
「解決」『どうしても君を失いたくない』
という流れです。『いつかのメリークリスマス』で「理想の愛」を求めて別れ、『僕の罪』では再会を果たすも以前と同じ形での「愛」に戻ることに違和を感じ、からのこの曲ということを頭に置いておければと思います。

まだ前2曲を扱ってないのであまり多く語れませんが、男は自分たちの愛が躓いた原因が、「恋という形」にあるのではないかという疑惑を持ち始めます。今はまだわかりにくいと思いますので、歌詞を見ながら考えたいと思います。

舞台は『いつかのメリークリスマス』と同じ海辺をあてもなく歩いているのは不安定な二人の先行きの暗示でしょうか。言葉にできない言いたいことが何なのかは保留です。

女側は男との復縁を望んでいるようです。彼女が求めているのはおそらく普遍的な愛で、しかし彼は今まさに「恋」とは何か、「愛」とは何かという葛藤を抱いているため、二人の感情に齟齬が生じています。よって彼女は孤独の疲れを覚え、彼はそれを理解していますが見動きはとれません。ひきずれば以前と同じ「恋」に逆戻り、突き放せば彼女との関係自体が終わりかねないからです。男だって、女と一緒にいたい気持ちは一緒です。しかしそれは「恋」という形でなければならないのか…?という問いにまだ彼は答えられず、進退窮まる状況です。

男はもはや昔と同じじゃないのです。『いつかのメリークリスマス』でがむしゃらに夢を追いかけた彼は今、立ち止まることを覚えました。ほんの少し 離れて歩くのは近付きすぎて「恋」になるのを躊躇っているためで、ほんの少し 口数を減らしてるのはとの関係という大事なものなくさないためであると思います。保留にしていた言いたいこととは現状への疑惑でしょう。「俺たちの関係って恋なのかな?」しかしこれは少なくとも恋している女にとっては衝撃でしょう。「いや恋と思ってなかったの!?」…となると口には出しづらそうです。

再度整理しますと、
男…女と一緒になりたい、目標は恋ではない?
女…男と一緒になりたい、目標は恋である。

一緒になりたいという気持ちは同じであるため、確実に彼らは近づいています。しかしあと一歩踏み込めないというのは前述したとおりです。意味のない笑顔で行き先をぼかし続けるのもそろそろ限界で、彼は何かの終りと始まりの到来を感じとります。

さて、大サビ前がこの曲の最大のテーマです!ここは丸ごと載せたほうが良いかもしれません。

恋という形のために
壊れるものがあること
知っているのに 会いたくなるのは
恋だから 愛だから それとも


なぜ自分たちは失敗したか?その原因は恋という形に縛られていたからである、と男は考えます。とは、こうあるべきという主観的な観念を纏ったものだと思います。しかし、そのゴールは人それぞれ微妙に異なってくるはずです。人前で手を繋いでラブラブすることに愛を感じる人もいれば、ふたりきりの瞬間だけに愛を感じる人もいるのでしょう。両者がそれぞれの目標を持ち寄って「恋」を目指せば、どこかでうまくいかなくなる(=壊れる)瞬間が訪れる可能性はあると思うのです。

にも関わらず会いたくなる、その理由はなぜなのでしょうか?簡単に言えば「好きだから」でしょう。しかし、今までの流れからいくと「好き」→「恋」にはならないと言えるのが分かっていただけるでしょうか。「恋」でもなく「愛」でもない何かが自分の中に存在していますが、人にもたらす感情はどちらも似ているためにその何かが何かを彼は断言はできません。

だから僕らが追ってる夢は本当は 同じものかもしれないという可能性もありえます。「恋」の元に関係を築いても分かりあえる可能性はあります。しかし、彼はようやく気づきました。彼が目指しているのは「恋」のような人を縛り、時に引き離す概念の元での関係ではなく、もっと大きな、もっと柔軟な何かの元での関係だったのです。女は未だに腕を組んできて距離を詰めようとしますが、一方男は新たな道を見つけます。この瞬間この日は、『恋じゃなくなる日』に変わったと言えるかもしれません。今はまだ男のひとりよがりですが、ふたりわかり合える日が来れば真の『恋じゃなくなる日』が訪れるでしょう。

少し論を発展させて、じゃあその「恋」でも「愛」でもない何かとは何なのでしょうか。ここでアルバム名を見ると、『FRIENDS』とあります。もしかすると、彼らのこれから進むべき道は『FRIENDS』なのかもしれません。この『FRIENDS』は世に言う「友達」とは違うはずです。「友達以上恋人未満」という言葉に代表されるように、一般に関係の強さは、「恋」が上位に来るものとされています。しかしこの『FRIENDS』は「恋」よりも自由に、強い繋がりである関係といえましょう。この曲だけで『FRIENDS』を解釈するのは少し無理なので、今後の考察の参考にしましょう。

相当長くなりましたがまとめると、恋という観念にとらわれていた過去に決別し、『FRIENDS』という新たな、より強い関係を目指す曲とすることができるでしょうか。

というわけで今後も『FRIENDS』の曲が出るたびにアルバム単位で考えねばならず気が重いですね!この記事書くのに2時間かかってました!

次回は『甘く優しい微熱』です。理由はよくわからないけどすごく好きな曲の一つです。
閲覧ありがとうございました。次回もよろしくお願いします。

追記1-15/12/12 一部消しました。

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