Balloon'zone -B'z歌詞解釈-

B'zの曲の歌詞考察、解釈(のような物)をしております。 曲を聴いて感じるものは人それぞれ、その一つとしてとらえていただければ嬉しいです。

カテゴリ: C'mon

49th Single/18th Album『C'mon』収録

サウンド、ボーカル共に耳になじみやすく、あまりB'zを聞いたことのない人にもオススメしたい曲です。「名探偵コナン」のタイアップが付いていますが、テレビ版OPと劇場版EDどちらにもしっくりくる曲調に仕上がっているあたり(意識していたらしいですね)さすがのTAKという感じです。ラストサビの盛り上がりが一気に未来が開けていく印象で、すごく好きですね。

さて歌詞についてですが、切り取られているのは一瞬です。「決断」するモーメントにおいて、「嘘をつきたくない」と思う主人公が描かれています。詳しく見ていきましょう。

人それぞれの譲れぬものを、守りぬくためなら 戦うのが人間である、という前置きがまず語られます。しかしここで主人公は、自分は守るべきもののため戦ってきたのか、自問します。人生において重要な局面で決断を迫られた時、誤魔化して先延ばして、YesにしろNoにしろはっきりした答えを出せない優柔不断さが主人公の弱さといえましょう。

その弱さを自覚し、そんな自分を変えたいという思いがDon't wanna lieという言葉で表れています。人は嘘をつくことで逃げ場を作ります。その場しのぎでうそを重ねれば、それだけ自分の本質から遠ざかり、ひいては「生」の軸がブレてしまいます。生きてると 感じていたいDon't wanna dieといった思いはそこから生まれてくる感情でしょう。もちろん常に正直にまっすぐ生きるのは難しい話です。だからせめて人生における正念場だけでも、嘘をつかないでいたい、ということですね。

しかしその正念場がいつなのか、それは誰も教えてくれません。ではどうすべきか?ここで重要なのが「それが今かもね」という心持です。得がたいもの失うまで気づかないという教訓をベースにするとわかりやすいのですが、これは誰しも身に覚えがあるのではないでしょうか?病気になって初めて健康のありがたみがわかったり。恋人と別れて初めてその存在の大きさに気づいたり。いかなる時も、「後」に来るから後悔なのです。ならば事前に後悔する可能性を潰してしまおう、という話です。決断すべき瞬間に「もしかしたら今決めなければ何かを失うかもしれない」と思うことで、逃げずにその問題と向かい合える、というのがこの曲で最も大きなメッセージではないでしょうか。

まとめると、守るべきものや生の実感を失わないために、人生を決める 正念場今かもねという気持ちで決断する重要性を感じさせられる曲であるといえましょう。

件の探偵は自分の正体を蘭ねーちゃんにごまかしつづけ もう何年たつでしょうか…。

次回は『KARA・KARA』です。あと一歩踏み出したく苦悩する男の姿、憎めないですね。
閲覧ありがとうございました。次回もよろしくお願いします。

18th Album『C'mon』収録

アルバムの実質ラストを飾る、壮大なバラードナンバーです。ギターの音や歌声の柔らかい響きが誕生の喜びをあらわしているかのようですね。自分はメロディ的には『Homebound』のほうが、サビに抑揚があるので好きですが、この曲の強みは歌詞にあります。

タイトルの『命名』のとおり、子どもに名を付けることについての曲ですが、さらに踏み込んで子どもの成長にも触れてあり、稲葉的親子愛を見ることができましょう。構成としては1番が誕生の瞬間、2番が成長の過程となり、その時々で『命名』が持つ意味を問う、という感じですね。

あっけなく尊い命の誕生です。『Happy Birthday』でもそうですが、稲葉さんは「産声」に生のエネルギーを感じているように思います。ここにいるんだと知らせるように聞こえるのはそういうわけかなと。そこからいくつも陽が沈み、時が経つ中で成長していきます。

1番2番のBメロで重ねて主張されるのは、子の未来は親の予想を超えてくる、ということです。1番では未知なるノイズ 自由不自由 手に負えず膨らむ希望と3つ重ねてコントロールの効かない未来を示すワードが並び、2番でははっきり何もかも予定どおり進みはしないと言われています。親がどんなに子どもの行く先を予定しても、結局子は自分の選んだ道を行くものであり、行くべきなのです。この考え方を、当曲では親に対して問いかけているのに対し、子ども視点でより噛み砕いて歌われたのが稲葉ソロ『マイミライ』です。こちらも参考に。

では親が子どもの将来を案ずるのは全て無駄なのでしょうか?いえ、そんなことはありません。前述の通り子どもの人生は何が起こるかわからず、簡単な道のりでもないのです。親は同じ道を辿ってきたため、そのことを大なり小なり理解しています。だから、子どもに対して思い注ぎこむのです。そして、思いを伝える最大の方法こそが『命名』であるということですね。花のように 鳥のように 美しくしなやかに生きてほしいのか?雨のように 雪のように まっすぐに清らかに生きてほしいのか?それとも、大地のように 海のように 強い心持てるように負けぬように 愛せるように 誰かを照らせるように生きてほしいのか?きっと親の数だけ思いの数があるでしょう。大切なのは『マイミライ』で風刺される過保護とは違い、このこの祈りは子どもに押し付けるものではないということです。保護というよりは加護といいましょうか、あくまで間接的に子の味方である、というスタンスが望ましいのでしょう。

世界が変わったあの日を ずっと忘れないでというメッセージは、子に対する愛情が失われた(という言い方は不適切かもしれませんが)ないし歪んでしまった親への言葉ともとれるのではないでしょうか。誕生の日の喜び、『命名』の瞬間の期待感。それらを思い出すことで少し優しくなれる、子どもを愛せるようになれる、守ってあげられるのだと思います。子どもに一番近いのは絶対的に「親」なのです。

『命名』といえば…近年話題に上がるのは所謂「DQNネーム」ですね。確かに名づけが軽視されている風潮はいただけないと思いますが、だからといって「かわいそう」扱いしたり、就職をはじめとして社会で不利益を被ったり、というのもどうだろうかと思います。どんなに突飛でも、子どもにとってはその名前がかけがえのない、「親の祈り」です。「へんな名前」だからかわいそう…ってそう扱ってるのはアナタたちイッパンジンでしょうよ、と思うんですよね。DQNネームをつける親も、それを笑いあわれむ人々も、いったん『命名』において意識改革が必要なのではないかと感じます。

僕は「1つ決めたことをやり遂げる男」という意味合いの名前らしいですが、初対面の人からかっこいいと言われたりもして大好きです。名前にこめられた親の思いを考えると、少し身が引き締まりますよね。やっぱり子ども自身が誇りに思える名前を付けるのが一番です!

次回は『愛と憎しみのハジマリ』です。タイトルからして既に不穏ですが、中身も穏やかではないです。愛ってなんだ?というアプローチとしては新鮮な切り口ですね。
閲覧ありがとうございました。次回もよろしくお願いします。

18th Album『C'mon』収録

震災後に発売されたアルバムの表題曲…それだけでも重い意味を帯びた一曲です。優しくも力強いギターと痛切に訴えかけるボーカルから、震災に対しどう向き合うのかを考えさせてくれます。はっきり意味を伝えようとして書かれた詞に僕が介入して解釈しようとするのは野暮にも感じますが…。自分の思ったことを記そうと思います。

改めて言うと、この歌詞は震災後に作られたものであり、その関係は無視できません。そしてタイトルの『C'mon』(=Come on)がB'zの最も伝えたいメッセージということを踏まえ、最初から辿っていこうと思います。

1番。自分の生まれ育った場所から離れてしまえば、その風景を目で見ることは少なくなりますが、それでも自分を形成する時期を過ごした、またその時期ともに過ごした人の住む故郷は心の中に鮮明に思い浮かべられるものではないでしょうか。災害が及んだというニュースを聞けば、なおさらです。

次に、語られるのは「生きている」という当たり前に思えることの重要性です。津波が大切なものを洗い流し、その当たり前が根底から覆された状況で、全員が生き残れたわけではない絶望的状況で、まだ僕と君が生きているという救い。失われた街はいつか元通りにできますが、失われた命は決して戻りません。だからこそ、生きてさえいればやり直せる、これが、止まらない それだけで生まれるチャンスです。それ故、愛しい人もう一度笑いあい、掠れそうな声だけでも聞くことで、相手の生を確認することが大切になります。

ゆっくりでいい さあ行きましょう C'mon」は最後において、2番。1人じゃ 何にもできないという実感は1人にならないと味わえないでしょう。普段は聞き過ごしていた誰かのCryin'も、その実感を受けた後では無視できません。何故なら自身もCryin'を発する立場にまわり、他人と協力する尊さに気づいたからです。
ひざまずいて祈っても失われた命は戻りません。それならば、辛くても一歩目を踏み出し、尊い時間を再び刻み始めるしかないのです。

稲葉さんが震災に傷つけられた人々に送る言葉は、「愚痴ってもいいよ 疲れすぎたなら」です。その苦しみを溜め込まずに共有しよう、という優しいメッセージだと思います。苦しみを誰かに吐き出すことは決して弱いことではありません。むしろ次に進む契機につながることもあると思います。僕もその経験があります。

ラストサビ。手をとり かけぬけた思い出とは故郷で過ごした日々でしょう。その故郷を今も心に持ち続けられるなら、困難も乗り越えられると述べられています。

さて、最後です。震災で傷つけられた人に、頑張れでもなく負けるなでもなく、「行きましょう」と言うところに、稲葉さんの思いが込められていると思います。C'monの響きには、「共に」行こうという意思が感じられませんか?ゆっくりでもいいから生き続けてほしい、でも1人じゃそれもかなわない、だから自分が寄り添って共に歩いていきたい、その思いがC'monに込められているように感じました。そしてこれがこの曲の伝えるメッセージのすべて、ではないでしょうか。

実際、実被害を受けなかった僕が、どんなに可哀想だ気の毒だと思っても、被災者の方々の立場にはなれない以上、この共感は一方的、ひとりよがりなものでしかありません。しかし、だから何もしないというわけではなく、共感にも諦観にも収まらず、未だ残る諸問題にどう立ち向かうかを考え、平和に暮らせている現状を尊ばなければならないのだと思います。

次回は『Don't Leave Me』です。また違ったベクトルで重たい曲ですね…。一切救いの見えない闇が感じられます。
閲覧ありがとうございました。次回もよろしくお願いします。

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