13th Album『BIG MACHINE』収録

タイトルも歌詞もメロディもすべてがダークで不穏な曲ですね。キャッチーとはかけ離れていてあまり聞くことはないのですが、歌詞にはすごく惹かれるものがあります。何とも言えない危機感を感じさせられます。最初っから大破綻の雰囲気とか出てきますし。

…しかし『愛と憎しみ』の関係について、2通り考えられて、その2つは微妙に異なるのです。構成はAメロで社会の問題を広い枠で見て、Bメロで主人公自身の体験による狭い枠で見ていく感じです。Wikiには「イラク戦争」について稲葉さんが感じた思いが歌詞になったとあり、こちらも参照したいところですが…。とりあえず2つとも書き記そうと思います。皆さんの意見も頂戴したいところです。

①愛が、その対象への憎しみに転化する

Bメロでは、主人公が約束をすっぽかして女に見限られ、その女がほかの男といるのを見て憎しみを抱く…というストーリーです。これを基にすれば、自分の愛が対象に届かず、満たされなくなった時、その愛が憎しみへと変わる、これが『愛と憎しみのハジマリ』ということであるといえます。しかし、この時抱いた憎しみの対象は愛していた人に限りません。他の男を恨むこともあるだろうし、下手すれば思いが結ばれないこの世界自体を恨むかもしれません。そもそも、『愛と憎しみのハジマリ』というタイトルを見ると、あ誰かを愛した瞬間憎しみも生まれるという同時性が感じられます。対してこの仮説は愛→憎しみの転化にタイムラグがあります。するとこの仮説では不十分?ということで個人的に推したいのは次の説です。

②愛が、その愛を脅かす他への憎しみに転化する

イラク戦争をざっくり説明すると、同時多発テロや悪の枢軸発言を経た2003年、アメリカの中東政策にとって色々と脅威であったイラクに侵攻した戦争です(超ざっくりしてます)。この時のアメリカはかなり単独主義の色が強く、また悪の枢軸発言をはじめとして合理性を欠く行動も多く、他国からは非難の声も多かったとか。ここから推測されるのは、自分の愛するものを守るために、外部を憎む必要があるということです。「正義の反対は悪ではなく、もう一つの正義だ」という至言がありますが、まさにこの曲では「愛」がいかに主観的なものかが描かれているといえましょう。アメリカという国の地位を守るために、いわばアメリカへの愛のためになされた行為は、外から見れば憎しみの対象なのです。何かを愛することで憎まれることになる、というしがらみが存在するのです。その究極が、お互いに愛するものがあり、それを守るためにぶつかりあう、戦争ですね。歌詞中ではおんなじような大失敗と述べられています。

こう見てみるとやはり②が有力かな?と思いますが…どうでしょう。サビの~したいという願望は一種のエゴです。『MONSTER』に燃える欲望 どうにもこうにもならないとあるように、人の欲望は時としてコントロールがきかなくなるものなのです。この曲では人類は誰かにプログラムされているのか?と疑問符が打たれていますが、『愛と憎しみのハジマリ』を避けることは不可能なのでしょうか?その答えはこの曲では保留され、アルバム『MONSTER』の曲でそこに向き合う形となります。詳しくは考察するときに記しますが、簡単に言うと避けるのではなく活かすのがカギなのかな、と思います。

まとめると、何かを愛し、守ろうとするとき、同時に相手を憎むことになってしまう、人の欲望の性を描いた曲といえるでしょう。

次回は『闇の雨』です。あなたは闇の先に待っていると思いますか…? 閲覧ありがとうございました。次回もよろしくお願いします。