Balloon'zone -B'z歌詞解釈-

B'zの曲の歌詞考察、解釈(のような物)をしております。 曲を聴いて感じるものは人それぞれ、その一つとしてとらえていただければ嬉しいです。

はじめての方は『このブログについて』からどうぞ。

かなりお久しぶりです、ばるぼです。
『Freedom Train』はもうちょっとだけお待ちください、忘れてるわけではないのです…!

さて、検索妨害にとられかねない今回のタイトルですが、Twitterを見ていて「作詞」に関して思ったことがあったので、せっかくだからブログで形に残そう、と。

まずざっくりと概要を述べると、「"好き"という感情を"好き"という言葉で表現するのはどうだろうか?」というところです。もちろんこの先の話は価値観の違いで全く意見が変わるはずなので、同意できない方がいて当然だと思います。あくまでこんなこと考えるやつもいるのか、くらいの気持ちで見ていただければと。

このようなブログを立ち上げるくらいなので、僕は楽曲の中で「歌詞」にそれなりに重きをおいています。B'zのほぼ全曲の作詞を務める稲葉さんの魅力の一つはその歌詞の幅広さ、奥深さにあると思うのです。『MY LONELY TOWN』や『HOME』のように人が目を背けがちな部分と見つめ合う曲から、『もう一度キスしたかった』『君を気にしない日など』のように心情の機微に迫る繊細な曲、さらに『Brotherhood』『光芒』のように真っ直ぐ聞く人の心を揺さぶる曲まで、数知れぬ世界が稲葉さんによって作り出されてきました。言葉選びの過程は決して簡単な作業ではないと推測できます。

その中でいわゆる「ラブソング」に注目してみようと思います。B'zの曲を振り返ってみると、約350曲をリリースしていながら、「好き」「大好き」「愛してる」はほとんど出てきてない気がしませんか?分かりやすいB'zのラブソング『OCEAN』を例に見ても、果てない想いを君に捧げよう、となっています。さすがに初期曲には登場することもありますが、サビで連呼するほどメインに据えられることはありません(ついていかない君が一番好きだよ〈『OH!GIRL』〉)。ここから稲葉さんのプロ意識を僕は勝手に感じるのですね。想いを直接言葉にせず、言い換える力が、作詞家には必要ではないかと思うのです。

なぜそう思うか、その理由は作詞家がプロフェッショナルであるからです。好きだという想いを形にするとき、"好き"という言葉を使うのは凡人の僕でもできます。作詞家は言葉のプロである以上、我々にできないレベルで言葉を扱ってほしいのです。もっと深く、もっと聴く人の心を抉るような歌詞を求めたいと思うのは不自然でしょうか?

ところが昨今支持されるのは捻りのない平面的な歌詞、横文字と"好き"で隙間を埋め合わせたような歌詞のような気がします。「共感できると若者に話題!」それはそうでしょう、我々と同じ言葉が出てくれば共感はしやすいに決まっています。「わかりやすさ」に飛びつきすぎると難解な言葉は受け付けられなくなり、自分の知らない領域について思慮をめぐらせられなくなる、これはそんなに良くない事態のような気がします。大げさですけどね。

夏目漱石が"I love you"を「月が綺麗ですね」と訳した話は有名ですが(ほんとかな)、日本人の「表に出さない」精神を尊重したいと感じる今日この頃です。

※愚痴っぽくなりましたが他のアーティストを貶める意図は全くありませんので、その点ご理解いただけるとありがたいです…。

既にだいぶ停滞しているので申し訳ありませんが、黙ったままも良くないので一旦形に表そうと思います。

プライベートがだいぶ忙しいので次は少なくとも11月すぎ辺りになるかなと思います。『Freedom Train』は構想は固まっているのですが一回書いたのをまるごと書き直す必要があるのが辛い、といった状況です。時間がとれればすぐにでも!という感じです、よろしくです。

14th Album『THE CIRCLE』収録

リクエスト感謝です。曲展開、歌詞の設定、色々と珍しい部分の多い曲ですね。サビが2つなのかな?と思って調べてみるとやはりいくつかの曲を組み合わせているようです。ギターの音が鮮やかに聞こえるため聞いてて飽きない曲ですね。もっと評価されてもいいと思います。

さて珍しいといった歌詞ですが、主人公は女性、ふたりの男の間で揺れ動く心理というのがテーマとなっていそうです。キーワードはもちろんアクアブルー、ということで進めていきましょう。

まず女性は、元の男にかなり呆れているというか、諦めに近い感情を抱いています。その理由は、彼は自分以外のものに対して考えを巡らせられない人間であると判断したからでしょう。もちろん、わたしに対しても。彼のプレゼント値札がついたままでも気づかない無頓着さ、テレビやネットでかじったおろしたてのオピニオン(=意見)をあたかも自分のもののように語るうけ売りのチャンピオンっぷり、言い換えれば軽薄さを非難しているのです。さらに正義や大義ふりかざして自分の世界を相手に押しつけている、と。彼女のダメ出しから、男性の相手の価値観への思慮に欠ける人物像が見えてくると思います。「わたしのことを どれだけ知ってるの?」という問いは反語的に「いや何も知らないでしょ」と読みかえることができますね。

こうして女は新たな男のもとで夜を過ごしているのですが、その時携帯電話が光ります。この光がアクアブルーです。今頃女が他の男といるとは露知らず、連絡をとろうとする男の姿は彼女にとって哀れでもあり、ますます疎ましくもあるでしょう。相変わらずの鈍感を青い光が示しているのですから。

ここでアクアブルーが象徴するのはコミュニケーションの食い違いではないでしょうか。ブルー、コミュニケーションといえば『Blue Sunshine』を思い浮かべますね。Blue Sunshineが象徴するのはわかりあうことの難しさなのですが、アクアブルーの光も似たものを発信していると思います。人と人の関係には知りえない部分が存在する事実から、我々はややもすれば目を背けがちですが、そのことを認知させてくれるのが真実のブルーなのです。『B'zと色』で保留していた問題にケリをつけるとすれば、稲葉詞においては相互理解の困難さを表す色とできると思います。

ここまで見るともはやアクアブルーの問題は、この男女のパーソナルな問題にとどまらないのはわかると思います。人間全てに共通する真理であり、今日もこの街のどこかでコミュニケーション不全は起きています。知らないことばかりで この星はまわってる、でもそのことに気づいたからといって他人のことがわかるようになるわけではない、だからどうしようもないわけで だれもが泣いているのです。きっと女もそのことを自覚しているのでしょう。男を何も知らないやつ呼ばわりしたものの、彼女だって彼のすべてを知っているわけではないのです。アクアブルーホタルの光に例えられていますが、蛍が光るのはコミュニケーションをとりたい時らしいです(←おろしたてのオピニオン)。分かり合おうとしてそれでも届かない儚さがあるのですね。男の目にアクアブルーは未だに映りません。

この曲では諦観したように終わっていますが、『Blue Sunshine』ではもう少し近くまで寄り添おうとして戦う道を選び(バイバイ Blue Sunshine)、『イチブトゼンブ』では相互理解の不可能性を受け止め、その上でわかること一つを愛し抜く姿勢をとります。絶対的な真理を前にしても、たどり着く答えは人それぞれ、人々それぞれということですね。

次回は『Freedom Train』です。はっきりくっきり、「自由」について言及してますね!ドキドキします。
閲覧ありがとうございました。次回もよろしくお願いします。

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Mini Album『FRIENDS』収録

何日お待たせしたでしょうか…。非常に申し訳ないです!

メロディに関してはシンプルにまとまったバラードだと思います。空でこの曲を歌おうとすると心燃やしたからBaby, you're my home〜♪になってしまうのは僕だけ…ですかね。

稲葉詞最難解アルバム『FRIENDS』、その結末に当たる曲というだけで震えますね。事実歌詞のある4曲の中でも一番、どうとでもとれる歌詞になっています。ランダム形式をとっているため仕方ない部分ですが、後半二曲から考察するはめになったのはやりづらいですね。

『FRIENDS』の概要をおさらいすると、

「回想」『いつかのメリークリスマス』
「再会」『僕の罪』
「葛藤」『恋じゃなくなる日』
「解決」『どうしても君を失いたくない』

というテーマで物語が描かれています。あ、この曲では物語が解決したんだな!と思って曲を聞くと、首を傾げることとなりますね。およそ物語の二人の関係に決着がついたとは言いがたいのです。『恋じゃなくなる日』を経て季節は一周し(『SEASONS』)、現在に至るわけですが、男女の関係はどうなったのか、考えていこうと思います。

まず、多忙な生活を送るが描かれます。しかしがどうなのかは語られません。もう近くにはいないのかもしれません。そして彼の夢に出てきたのは少しだけ懐かしい僕が走る姿です。ここは『いつかのメリークリスマス』で椅子を買いに走った場面でしょう。この時の彼は何もかもがきらめいて、互いに愛し合う幸福感を全身で味わっていました。今や過去となった『いつかのメリークリスマス』を想起し、彼は今何を感じているのでしょうか。

理想の恋、恋という形についてずっと悩んでいた彼が出した答えは、どうしても君を失いたくないということでした。恋人という形でなくても、一緒にいたいという純な思いが最終的に濾過されているのです。その理由は戻ることのない流れの中で 心燃やした人だからと述べられています。二人の関係についてどうあるべきか苦悩し、同じ瞬間を過ごす(=同じ涙を流しあう)日々の中で、彼女は唯一無二のかけがえのない存在になっていったのです。自分自身の一種の覚悟にはっきりと気づいて決着をつけられたのがひとつの「解決」であると言えるでしょう。『恋じゃなくなる日』でのは不安定な気持ちでしたが、今は気持ちが固まっています。曖昧な過去と決別した今こそいっしょに海に行きたいという彼の気持ちは痛いほど伝わりますし、もうその思いが届かなくなってしまった事実はいっそう心を痛めつけられます。

雪どけの件は少し難解です。冬感満載のこのアルバムですが実は雪が降ったのはこの場面が初で、前3曲と重なる、というわけでもありません。僕が考えたのは、雪がふたりの繋がりを暗示しているのではないかということです。そしてその雪がはかなく溶けてなくなるということは、僅かに残っていた繋がりさえ消えつつあることを表しているとできるでしょう。思いは強まるのに距離は離れていく、その危機感がいっそう彼に『どうしても君を…』と思わせるのです。

交差点の二人の件もすごく難しいです。仮説としては『恋じゃなくなる日』で腕組みしたあの時の回想…ですかね?真夜中なら人気のないのも合点がいき、舗道交差点も食い違いはしません。となるとここで彼に見えたのは、まさに恋じゃなくなった瞬間、の幻影です。そこから彼は再度思案します。恋じゃなくなることは 人を裏切ることになるのか愛を貫くことの結果は ひとつだけなのか

ここがこの曲ひいてはアルバム全体のコンセプトになるでしょう。彼の最終的な答え、『どうしても君を失いたくない』という言葉は混じりけのない愛情からくるものであり、彼の感情は一般に見ても「恋」です。しかしこの曲の前のエピソードは『恋じゃなくなる日』。このことから『FRIENDS』というアルバムは、彼の純粋な気持ちを「恋」とする観念の破壊を目指している気がするのです。愛し合う男女は必ず「恋人」でなければいけないのでしょうか?

彼は「恋」ではない自分の愛を貫こうとします。しかし彼女は恋じゃなくなった日以降も「恋」することを望み、すれ違い、そして疲れます。彼女からすれば意味がわからないでしょう、好きなのに「恋人」にはなりたくないという考えは。彼もそれを自覚していながら、それでも自分の理想の関係を目指すのです。これは彼女の思いを裏切ることになるのでしょうか…?まだ二人は行き先を定めきれていません。最後までその部分は明言されず終わってしまうので、物語における二人の関係も決着はついていない、ということですね。

未だに追憶のかけらに包まれ心は決まっても停滞してしまった男と、街のひとごみの中に紛れてゆく女の対比で物語は終了です。新しい道を歩み始め、春へ踏み出そうとする女に対し、男は冬に閉じ込められたままと言えるかもしれません。

最後に、『FRIENDS』とは何かを考えたいと思います。『恋じゃなくなる日』でも言及したと思いますが、単に「友達」とするのでは腑に落ちません。彼が最終的に掲げた理想の関係とは「互いに唯一無二である存在」であり、これこそが『FRIENDS』ではないでしょうか。ふたりの関係を恋人同士とするということは、ふたりの関係に名前がついて、大切に守らなくてはいけなくなることを意味します。大切に守らなければと思うと、臆病になり傷つけないようにしようとし、互いに踏み込めない領域が現れます。男が今までに引っかかってきたのはこの部分なのかもしれません。

ではふたりの関係を既存の言葉で名付けることなく、強い繋がりだけを残せばどうでしょうか。きっと、「〜しなければならない」という強迫観念に近いものが取り払われ、最低限かつ最高の愛情を与えあえると思うのです。太くてしなやかなつながりは、相手を引きずることもなければちぎれることもありません。この関係に(若干矛盾してますが)あえて名前をつけるとしたら、そう、『FRIENDS』なのです。

こう見るとこの『FRIENDS』の考え方、既存の恋愛観を破壊しているように思えませんか。稲葉さんの深遠なる世界観には驚かされるばかりですが、唯一彼に近づくことができる言葉という媒体をこれからも大切にしていきたいですね。

ながーく書いてきたのでなにか書き忘れてることがある気がするのですが、気づいた時にはまた加筆修正しようと思います。

次回は『アクアブルー』です。リクエストありがとうございます!ここから更新ペースを上げていこうと思います!
閲覧ありがとうございました。次回もよろしくお願いします。

8th Album『LOOSE』収録

ずいぶん更新がとだえていましたね…。事情は多々ありますが(ポケモン不思議のダンジョン)ご容赦を…。

ロックからバラードまでバラエティ豊かなアルバムのトリは、落ち着きのあるミディアムナンバーです。夕方の影を感じさせる演奏がクールですね。

その内容は、大衆に紛れることなく"自分だけの世界"の確立を目指すといったもので、最近このテーマを多く扱っている気がしますね。注目したいのはタイトルで、MY WORLDだけ大文字です。おそらくひとりひとりに「MY WORLD」は存在し、唯一無二のオリジナルであることの暗示ではないかと思います。

冒頭、まさかのセブンイレブン登場です。後述しますが、このコンビニは彼が脱却したい「ありふれた日常」を実名でよりリアルに表していると思われ、非常に秀逸な表現だと感じますね。ここからだんだん見慣れない神社へ踏み込むわけですが、これはそのまま主人公の目標でもあるわけです。知らない世界へドライヴするとはどういうことなのか?ここがこの曲の主題になってくるでしょう。

この主人公はMY WORLDを目指す過程でキミにもちょっかい出させないとのことです。キミとは親友なり恋人なり家族なり、大事な人であると思われますが、その人々にも譲れないのがMY WORLDなのです。他人に合わせていてはいつまでも自分だけの価値観を生み出すことはできない、ということでしょうか。彼が過ごしてきた悲しいだけの毎日が、何も始まらないで終わり自分がイヤで眠れない日々(『ゆるぎないものひとつ』)だとするならば、主人公が家と反対方向に向かった心境も理解できそうです。変えたいのは「いつも通り」なのです。

大衆に埋もれたくない、自分だけの世界を築きたいというのは孤独で、辛い行為のようにも思えます。しかし主人公は胸が躍血はたぎっており、興奮しているようです。『drive to MY WORLD』によって得られるものは孤独などではなく、「いつも通り」や「みんなと同じ」に縛られた自分が解放されていく喜びということでしょう。アイデンティティが確立するにつれ生きる実感が湧いてくるのです。もちろんこれは一人だけではうまくいきません。みんなでうろつくことないけど、知らん顔することもない、これはまさに『Brotherhood』と重なる部分だと思います。人それぞれ必要なときだけ干渉し合い助け合う、最終的には自力で生きるということです。

これは何も主人公に限った話ではなく我々も同じです。だれもが鍵を握りしめているとはどういうことか、おそらく誰でもMY WORLDを築けるチャンスがあるということだと思います。大衆を作り出しているのは我々、ならば我々には大衆を抜け出す力もあって然るべきです。一人ひとりが集まってできるものが「世界」ではありません。一人ひとりに「世界」は存在し、それらが重なり合ったところに人のつながりは生まれ、世界が交わり合うのです!

まとめると、「いつも通り」「みんなと同じ」でちっちゃくまとまる世界にバイバイするために、自分だけのMY WORLDを築く、というのがテーマかなと思います。

次回は『どうしても君を失いたくない』です。あぁ、また難しそうな…更新が停滞する…
閲覧ありがとうございました。次回もよろしくお願いします。

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