Balloon'zone -B'z歌詞解釈-

B'zの曲の歌詞考察、解釈(のような物)をしております。 曲を聴いて感じるものは人それぞれ、その一つとしてとらえていただければ嬉しいです。

はじめての方は『このブログについて』からどうぞ。

13th Single『裸足の女神』2nd beat収録

A面の『裸足の女神』と併せて、清々しさ・若々しさを感じる曲ですね。個人的な好みは跳ね回るようなサックスです。

歌詞は初期によくある「悩める男」の話ですが、思い募らぬもどかしさを「渇いてる」と表現しているのがこの曲の特徴ですね。「渇望」という言葉がまさに最適でしょう。既に相手にとっていい人ではあるけど、もっと踏み込んだ関係になりたい、というのが男の本心です。

彼は現在「愛情」不足でからからに 渇いています。だから獣になっておまえのしずく(=愛)で渇きを満たそうとしています。「今宵こそは」という表現から、今までは一歩踏み出せなかったのだろうと推測できますね。今僕よりおまえに飢えてるやつはどこにもいないとまで言い切る威勢には驚かされますが、友人でなくなる(気まずくなる?)リスクを冒してまで恋愛関係に発展させようとしているのを考えれば、納得できるかもしれません。

「誰にも負けたくない、自分が彼女のそばにい続けたい」というテーマは『OH!GIRL』や『MVP』、広義ではA面『裸足の女神』でも見られるものですが、この曲では純な思いの中に若干エゴが混じっていませんか?正直ものがバカを見るのは許せないという彼女の主張に乗っかって、「ならば君のためにいい人をやり続けている僕も報われていいよね(mercy please)?」と彼は言っているのですが…この少々余裕のない感じも憎めないですね。

他の曲との関連で、「あなたの愛情で満たされたい」というので連想されるのは『ひとしずくのアナタ』ですね。また、「今夜だけでも強い自分に」といえば『有頂天』でしょう。さらに成熟した関係性が歌われているので、比較するのも良さそうです。

まとめると、いままでの奥手な自分を脱却し、友人関係から恋愛関係へと発展させることでからからの心を潤したいと願う男の話であるといえます。

次回は『その手で触れてごらん』です。あまり聞いたことがないのですが、いやらしい感じという先入観でいいんですかね。
閲覧ありがとうございました。次回もよろしくお願いします。

49th Single/18th Album『C'mon』収録

サウンド、ボーカル共に耳になじみやすく、あまりB'zを聞いたことのない人にもオススメしたい曲です。「名探偵コナン」のタイアップが付いていますが、テレビ版OPと劇場版EDどちらにもしっくりくる曲調に仕上がっているあたり(意識していたらしいですね)さすがのTAKという感じです。ラストサビの盛り上がりが一気に未来が開けていく印象で、すごく好きですね。

さて歌詞についてですが、切り取られているのは一瞬です。「決断」するモーメントにおいて、「嘘をつきたくない」と思う主人公が描かれています。詳しく見ていきましょう。

人それぞれの譲れぬものを、守りぬくためなら 戦うのが人間である、という前置きがまず語られます。しかしここで主人公は、自分は守るべきもののため戦ってきたのか、自問します。人生において重要な局面で決断を迫られた時、誤魔化して先延ばして、YesにしろNoにしろはっきりした答えを出せない優柔不断さが主人公の弱さといえましょう。

その弱さを自覚し、そんな自分を変えたいという思いがDon't wanna lieという言葉で表れています。人は嘘をつくことで逃げ場を作ります。その場しのぎでうそを重ねれば、それだけ自分の本質から遠ざかり、ひいては「生」の軸がブレてしまいます。生きてると 感じていたいDon't wanna dieといった思いはそこから生まれてくる感情でしょう。もちろん常に正直にまっすぐ生きるのは難しい話です。だからせめて人生における正念場だけでも、嘘をつかないでいたい、ということですね。

しかしその正念場がいつなのか、それは誰も教えてくれません。ではどうすべきか?ここで重要なのが「それが今かもね」という心持です。得がたいもの失うまで気づかないという教訓をベースにするとわかりやすいのですが、これは誰しも身に覚えがあるのではないでしょうか?病気になって初めて健康のありがたみがわかったり。恋人と別れて初めてその存在の大きさに気づいたり。いかなる時も、「後」に来るから後悔なのです。ならば事前に後悔する可能性を潰してしまおう、という話です。決断すべき瞬間に「もしかしたら今決めなければ何かを失うかもしれない」と思うことで、逃げずにその問題と向かい合える、というのがこの曲で最も大きなメッセージではないでしょうか。

まとめると、守るべきものや生の実感を失わないために、人生を決める 正念場今かもねという気持ちで決断する重要性を感じさせられる曲であるといえましょう。

件の探偵は自分の正体を蘭ねーちゃんにごまかしつづけ もう何年たつでしょうか…。

次回は『KARA・KARA』です。あと一歩踏み出したく苦悩する男の姿、憎めないですね。
閲覧ありがとうございました。次回もよろしくお願いします。

17th Album『MAGIC』収録

今までで一番長く空けてしまったと思います!申し訳ありません!年越しに向けて今後は頑張りますよ!

このような重みのある曲が最後に来ることで『MAGIC』というアルバムは非常にまとまった完成度を誇っていると思います。アルバム曲として見ても曲単体で見てもいい味出してますね。楽器隊の演奏とグループコーラスも曲の魅力のひとつです。

『Freedom Train』、直訳で「自由列車」。今までの歌詞にも「自由」は散りばめられてきています。最初期『GUITAR KIDS RHAPSODY』からソロ『Stay Free』まで、稲葉さんの中で重要視されているのが「自由」なのかもしれません。この曲では「自由」について、どのように捉えられているのでしょうか。

啓発的な歌詞なので、まずは何が「自由」で、何が「自由ではない」のかをはっきりさせましょう。歌詞中の言葉をそのまま使うなら、すべて思い通りになることが自由というわけではなく、選んだレールの上にしかないものが自由ということです。比喩的ですね。

レールとは何かですが、我々は生きてきた中で幾度か選択をしてきたはずです。「自分はこの世界で生きていくんだ」と決めること、これがレールを選ぶという行為ではないでしょうか。その決断は大なり小なり、覚悟を伴うものであったと思います。「これが自分の生きる道だ」という覚悟を抱えているから、Freedom Train引き返さない急に止まれないのです。

ゆずれないことをひとつ 持つことが本当の自由さと『GUITAR KIDS RHAPSODY』で語られていますが、この曲も本質は似ています。ただ一つ自分の選んだ道を進む、その権利は誰にでも与えられています。しかし欲張ってあれもこれもと目指すことは許されません。道を選んだからにはそのレールに従わなければならないのです。少々抽象的な言い方になりますが、初めから自由が与えられているというわけではなく、選んだレールを進む過程で自由を手にしていく、そしてその道を貫いて自由になった瞬間、人は幸せになれる、という解釈で(少し強引に)落ち着けようと思います。

やはりこの曲の中でのキーワードは自分の中にあるという部分でしょうか。他人の領域に踏み込んで好き放題できることが自由ではないというのはもちろんその通りです。では自由をどこに求めればいいのか?それは、他人に干渉しない範囲での自分の領域、になると思います。様々な曲で自由は歌われている、と言いましたがそのいずれも個人的な闘いが同時に描かれていることが多いです。『スイマーよ2001!!』で完全に自由な世界といえるのは、その根底に「自身の気持ち次第でマイナスは転化できる、人生の荒波は乗り越えられる」という主張があるからでしょう。『Stay Free』では他人からさまざま言われようと眼中に入れず孤独に自由を求める姿が描かれています。自由の追求はパーソナルかつストイックな行為であるといえましょう。そしてEPIC NIGHTの客出し曲もどうやら自由がテーマになっているようですね。次はどんなアプローチなのか、楽しみなところです。

みなさん!何かにつけて自由自由って言いますけど、別に自由はあなただけのものでも楽なものでもありませんよ!自由への道は時として長く、寂しく、そして険しいのです!

次回は『Don't Wanna Lie』です。ドンワナラァイの響きが耳に残る曲ですが、その歌詞やいかに。
閲覧ありがとうございました。次回もよろしくお願いします。

かなりお久しぶりです、ばるぼです。
『Freedom Train』はもうちょっとだけお待ちください、忘れてるわけではないのです…!

さて、検索妨害にとられかねない今回のタイトルですが、Twitterを見ていて「作詞」に関して思ったことがあったので、せっかくだからブログで形に残そう、と。

まずざっくりと概要を述べると、「"好き"という感情を"好き"という言葉で表現するのはどうだろうか?」というところです。もちろんこの先の話は価値観の違いで全く意見が変わるはずなので、同意できない方がいて当然だと思います。あくまでこんなこと考えるやつもいるのか、くらいの気持ちで見ていただければと。

このようなブログを立ち上げるくらいなので、僕は楽曲の中で「歌詞」にそれなりに重きをおいています。B'zのほぼ全曲の作詞を務める稲葉さんの魅力の一つはその歌詞の幅広さ、奥深さにあると思うのです。『MY LONELY TOWN』や『HOME』のように人が目を背けがちな部分と見つめ合う曲から、『もう一度キスしたかった』『君を気にしない日など』のように心情の機微に迫る繊細な曲、さらに『Brotherhood』『光芒』のように真っ直ぐ聞く人の心を揺さぶる曲まで、数知れぬ世界が稲葉さんによって作り出されてきました。言葉選びの過程は決して簡単な作業ではないと推測できます。

その中でいわゆる「ラブソング」に注目してみようと思います。B'zの曲を振り返ってみると、約350曲をリリースしていながら、「好き」「大好き」「愛してる」はほとんど出てきてない気がしませんか?分かりやすいB'zのラブソング『OCEAN』を例に見ても、果てない想いを君に捧げよう、となっています。さすがに初期曲には登場することもありますが、サビで連呼するほどメインに据えられることはありません(ついていかない君が一番好きだよ〈『OH!GIRL』〉)。ここから稲葉さんのプロ意識を僕は勝手に感じるのですね。想いを直接言葉にせず、言い換える力が、作詞家には必要ではないかと思うのです。

なぜそう思うか、その理由は作詞家がプロフェッショナルであるからです。好きだという想いを形にするとき、"好き"という言葉を使うのは凡人の僕でもできます。作詞家は言葉のプロである以上、我々にできないレベルで言葉を扱ってほしいのです。もっと深く、もっと聴く人の心を抉るような歌詞を求めたいと思うのは不自然でしょうか?

ところが昨今支持されるのは捻りのない平面的な歌詞、横文字と"好き"で隙間を埋め合わせたような歌詞のような気がします。「共感できると若者に話題!」それはそうでしょう、我々と同じ言葉が出てくれば共感はしやすいに決まっています。「わかりやすさ」に飛びつきすぎると難解な言葉は受け付けられなくなり、自分の知らない領域について思慮をめぐらせられなくなる、これはそんなに良くない事態のような気がします。大げさですけどね。

夏目漱石が"I love you"を「月が綺麗ですね」と訳した話は有名ですが(ほんとかな)、日本人の「表に出さない」精神を尊重したいと感じる今日この頃です。

※愚痴っぽくなりましたが他のアーティストを貶める意図は全くありませんので、その点ご理解いただけるとありがたいです…。

既にだいぶ停滞しているので申し訳ありませんが、黙ったままも良くないので一旦形に表そうと思います。

プライベートがだいぶ忙しいので次は少なくとも11月すぎ辺りになるかなと思います。『Freedom Train』は構想は固まっているのですが一回書いたのをまるごと書き直す必要があるのが辛い、といった状況です。時間がとれればすぐにでも!という感じです、よろしくです。

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